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<description> （24時間おきに更新中）</description>
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<title>強く生きる言葉</title>
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<description>デザインの専門学校時代に買って毎日、毎日食い入る様に
その言葉たちを噛み締めていた日々が懐かしい。
そして、今も、太郎さんのこの本は私の心の支えになっている。

タイトルは強く生きる言葉だけれど弱い...</description>
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デザインの専門学校時代に買って毎日、毎日食い入る様に
その言葉たちを噛み締めていた日々が懐かしい。
そして、今も、太郎さんのこの本は私の心の支えになっている。

タイトルは強く生きる言葉だけれど弱いなら弱いままありのままで進めばいいじゃないかなど等、
太郎さんの言葉には一方的な強さなんてないんだ、
そして、一方的な弱さなんてのもまたないんだと背中をたたかれた気がする。

胸の底からぐぅーっと感動が湧き上がってきて言葉の持つ最大限のエネルギーを見ている、
そんな気がして胸が高鳴り涙が流れる。そして、よし、また、明日からやり直すぞと
原点回帰が何度でも出来る本。

太郎さんの放つ言葉はまるでオブジェの様に繊細で大胆で力強く、そして、恐い。
人間そのままだからだ。
いつだって、私の心にもあなたの心にも太郎さんはいる。疑う必要はいっさいないさ、そうだろ。明日の神話が渋谷に誘致されることになり、また岡本太郎のことを考えているといろんな著書を読みたくなりました。

この本は簡単に読め、どこからでも読めるので僕のように”本が嫌いな岡本太郎大好き人間”には最適です。

本を開く度に自分に足りない心構えを感じさせてくれます。
岡本太郎の作品を見るように、この本を読むたびに自分の力を引き出してくれます。
 この中に書いてある言葉も岡本太郎の作品であり、岡本太郎自身が岡本太郎の最高の作品ではないかと思います。
 けれどもこの本を読むと感じたのは、もしかして、ヒトは誰しも自分自身の作品は自分自身であるのかもしれないなとも感じました。
ヒトはみな素晴らしいなと感じました。
人生をもっと輝かせたいヒトは一度読んでみて、いつでも読めるトイレなどに置いておくといいかもしれません。”瞬間瞬間を爆発して生きろ“とか、まさにそれしかないと思いました。岡本さんにはずいぶん救われました。浅野 忠信 よりオビでの言葉です。太陽の塔は太郎氏じゃないと絶対に出来なかった偉業だ。
わが国で太陽の塔ほどいまだに輝きを放つモニュメントは存在しない。
そういう意味では実に貧困な国だとも言えるが、、、、、。
日本史上最大の成功イベント「万国博覧会大阪」は太郎氏無しには成し得なかった。

「醜くてギョッとするものに出会った瞬間の驚きが、美そのもなんだ」

大好きな太郎氏の言葉だ。
そんな太郎氏の言葉が本書にも随所に掲載されている。
昨今癒し系のお言葉本が多く出版されているが、太郎氏の言葉は強く響くものがある。
そして優しい。
優しい癒し熱とでも言おうか。
買って損はない、と断言します。
力が湧いてくる本。
とにかく何かやらなくちゃと思わせてくれる。
勇気が出る本。
自分が好きになる。
あと、岡本太郎に逢いたくなります。
“強く生きる言葉”タイトルのままの本です。
ワイルドに、自分に正直に。
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/02/4334727891.html">
<title>今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社文庫)</title>
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 本書を読んでまず驚くのはその「明快さ」だ。

 岡本太郎というと、なにか話の通じないおかしな人という印象があるが、
僕たちが記憶している像は、あれは完全なポーズだったのではないかと思える。

...</description>
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<![CDATA[
 
 本書を読んでまず驚くのはその「明快さ」だ。

 岡本太郎というと、なにか話の通じないおかしな人という印象があるが、
僕たちが記憶している像は、あれは完全なポーズだったのではないかと思える。

全体としては、なぜ「ぼくらも芸術すべきなのか」
について言及した本。

社会論や文化論、児童心理学、絵画教育についてはやはり多少の古さや
こじつけを感じるが、論理を邪魔するものではないし、読むべきはそこではない。

「芸術する覚悟」

気概を持って創作していた岡本太郎というひとを知るのに良い本。
彼の姿勢は純粋ですがすがしい。
今（2008年）から50年も前に社会に対して
コレだけの威を張れるのは彼だけだっただろう。

ただ、僕も長年絵を描いて、現在仕事にしている身としては、
そんなしんどい覚悟を皆がすべきとは思わない。
でもそれは「芸術する生き方」のススメであり、
その意識を持つ事は芸術家（職業的）でなくとも可能で、

確かに、そこには、輝きがあるんだ。 「芸術は爆発だ！」という名言でもお馴染みの、日本一有名な芸術家？岡本太郎による著作。反骨精神の塊のような著者が、芸術について非常にわかりやすい言葉で、熱く語りかけている。

 本書の内容は以下の宣言に要約される。

 今日の芸術は
 ・「うまくあってはいけない」
 ・「きれいであってはけない」
 ・「ここちよくあってはいけない」

 わざと逆説的に言い切ることにより聴衆の注意を引いてから、その内容について詳しく解説する点からは、生前にも見られた各種メディアへのアピールのうまさを連想させる。内容的には、芸術というのは自己革命であり、客観的に存在するものではなく、発見するものであるという点には大いに賛同するものの、「芸術」と「芸道」を比較・批判している箇所などかなり思い込みの激しい内容が見られるのは気に掛かる。

 読み終わってみると、実は大した内を論じているわけではないのだが、その語り口には圧倒されるほどの勢いが感じられ、芸術を志そうとする者を奮い立たせる力は持っているような気がする。

 そもそも、岡本太郎の魅力とは、一体なんだろうか？その理論や作品にあるというよりは、過剰なまでの人間的「勢い」にあるように思われる。どこに向かって走っているのかはよく分からないが、とにかくものすごい勢いで猛進している「暴走列車」？

 私にはその作品の素晴らしさがよく分からないだけとも言えるが、個人的に彼の魅力をひとつ指摘するなら、何よりパフォーマンス（プレゼンテーション）のうまさを挙げるべきだろう。もしかすると、「芸術の伝道師」という肩書がふさわしいのかも？
全てをぶち壊しにして「また一から始めようぜ、俺たち」とか。
この本のすごいところは誰にでもわかるような言葉で繰り返し繰り返し、それも力強くメッセージを投げとるとこやと思う。「なんでわからへんねん！」みたいな苛立ちすらも感じるぐらい終始一貫しとる。
それが奇才だの天才だの言われた、なにせとにかく常人離れしたおっさんのようなイメージのある岡本太郎さんから投げられとんねんから。「俺もお前も何も違うとこないぞ！」という。
優しさに満ち溢れた本です。
芸術という言葉を他の身近な言葉に置き換えて読んでもいけます。
芸術論を超えてしまった芸術書。
芸術を志さない人でも同じ温度で感じられれると思います恥ずかしながら、岡本太郎のことは「芸術は爆発だ」でおなじみの、凡人には理解でない風変わりなおっさんくらいにしか思っていなかった。
しかし、本書を読んで、頭脳明晰で論理的、正しいことを言っている人だとわかった。
なぜ芸術はきれいであってはならないのか、芸術とはなんなのか、そういうことが分かりやすく書いてある。さらにそこから文化論、教育論、伝統論、人間論にまで展開していく。
刺激的でテンションが上る。優れた一冊だと思う。
人にすすめたくなる一冊。この本が書かれたのは１９５４年だが、そんな古さは微塵も感じさせられない。

古い伝統に縛られているのは芸術ではない、芸術は新しくあるものだ。
古き形式を守るのは芸であって芸術ではない。芸と芸術はむしろ正反対である。

いわゆる抽象画は、特に最近のは、わからないのが多い。
しかし、絵はそもそもわかるとかわからないとかの問題ではない。感じるものだ。
そういえば、抽象画を見ていて、何かドキッとしたり、吸い込まれていくような感覚を持つことがある、ああいうのだろう。

絵はすべてのひとが描くものである。
絵を描くといっても、世間でもてはやされているような名画を真似て書くのは愚の骨頂だ。
絵は、自分の感情を外に出すものだ。それが出来れば、下手でかまわないし、むしろ下手な方がよい。

今度絵でも描いてみようかな、と思わされた一冊。
その前に美術館かな？芸術家の書く文章の魅力は、何と言っても彼らの創造の秘密をのぞかせてくれることだ。「芸術は爆発だ」であまりに有名な岡本太郎による本書もその例に漏れない。本書は、美術、歴史、民族学など広範な知識を駆使し、論理的に展開しているが、創作者の実体験に基づく論述だけに退屈させない。また全編を貫く著者の芸術に対する深い信念が文章に勢いを与え、読者を魅了する。 前衛芸術の啓蒙書と言うべき本書において、著者は「今日の芸術は、うまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない」を芸術の根本条件として宣言し、芸術の本質とは常に過去を否定し乗り越えることであると示す。そして現代社会で失われた人間性を取り戻すため「これからはすべての人が描かなければならない」と主張し、人々を芸術行為へと誘う。1974年に刊行された初版の序では、著者自らが芸術に関心のない人にこそ読んでもらいたいと言っている。芸術は特権的なものではなく、人間の根源的な欲求だからである。 復刻版では横尾忠則が序文を、赤瀬川原平が解説を書いている。刊行当時、芸術を志す者に競って読まれた本書は、簡略だがオーソドックスな美術史入門でもあり、「謙虚は卑屈」と断罪する日本文化論でもある。しかし何よりも、停滞を嫌い常に前進する画家の人間像が印象に残る、本人による「岡本太郎論」と言える。（林ゆき）
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/03/4096070076.html">
<title>目をみはる伊藤若冲の『動植綵絵』 (アートセレクション)</title>
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<description>日本が、このような斬新を極める作家を持ち得たことを誇りに思います。西洋の絵画の影響を受けるまでもなくこのような技法や極致に至るのは誇らしく思います。
 ぜひ一度、この天才の作品との出会いを楽しまれた...</description>
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日本が、このような斬新を極める作家を持ち得たことを誇りに思います。西洋の絵画の影響を受けるまでもなくこのような技法や極致に至るのは誇らしく思います。
 ぜひ一度、この天才の作品との出会いを楽しまれたらと思い推薦します。
                    Aug.15 '08この価格でお手頃に手に入る物としてはセレクション的にも、大きさ的にも満足いく物です。 思っていたよりもずっと見事な『動植綵絵（どうしょくさいえ）』の三十の絵に、惚れ惚れさせられました。色遣いの鮮やかで華麗なことは、目を見張るばかり。いくつかの絵の幻想的な風情、目くるめくたゆたう浮遊感もよく感じられて、伊藤若冲（1716-1800）畢生の名品を、存分に堪能することができました。
 絵の部分を抜き出して、原画サイズになるのかな？ 拡大して掲載されていたのが有難かったですね。若冲の色彩感の素晴らしさ、いのちの煌めきの不思議ななつかしさが、手に取るような感じで伝わってきて、目を奪われましたよ。描かれてから二百五十年近くも経つというのに、これほどの鮮やかな色を保ち続けているのが、何かの魔法のように感じられてなりませんでした。
 『動植綵絵』三十の絵のなかでも、海の幻想博物誌風の「貝甲図（ばいこうず）」、虫たちの饗宴の風雅な趣にほのぼのさせられる「池辺群虫図（ちへんぐんちゅうず）」、エロスとエキゾチシズムとファンタジーの三位一体にくらくらさせられた「老松白鳳図（ろうしょうはくほうず）」、こぼれ落ちんばかりの白梅の花と不気味な枝ぶりの妖しさにぞくぞくっとした「梅花小禽図（ばいかしょうきんず）」、この四枚の絵が殊に気に入りました。
 『動植綵絵』に続いて収録された『菜虫譜』の絵も、こう拡大して見てみるってぇと、何とも言えない風雅の妙が感じられて、気持ちがほっこりと和みやすね。
 若冲の絵に惹かれた貴方でしたら、この値段は決して高くないですよ。おすすめの画集。2000年8月20日リリース。合衆国中部に住む一技術者と自称するジョー・D・プライス氏の眼力が今の伊藤若冲評価の始まりであるというのは識者の一致するところではないかと思う。氏が初めて日本を訪れた昭和38年当時伊藤若冲は日本人批評家たちには全く評価されていなかった。しかし、ジョー・D・プライス氏は己の眼力を信じ収集に努めた。昭和45年秋、京都御所の曝涼の折に『動植綵絵』三十幅が全てかけられた時、京都国立博物館の白畑よし氏の助力でこれを見ることが出来たプライス氏が男泣きに泣いたというのは有名な話だ。

本書では静岡県立美術館所蔵の『樹花鳥獣図屏風』があまりに小さく残念だった。今や宇多田ヒカルのPVにまで登場するこの絵こそ伊藤若冲の代表作だと僕は思う。これが入ればほぼ満点。それでも手法・年譜など良くできていて素晴らしい。 昔テレビで伊藤若冲の特集を見て好きになったにわかファンなので、若冲の美術史における位置づけや周辺作品には詳しくない。それでもずっと作品が記憶に残っているのは、彼の作品の中にある何かが強く見る者の心に訴えかけているに違いない。

 最初は、それがリアリズムにあるのかと思っていた。彼の描く鶏に使われている原色にあるのかと思っていた。
 しかし、この作品集の絵と解説（この解説が良かった）を見て、若冲の作品に魅かれる理由が自分なりに理解できた。

 最大のヒントは、構図が非現実的なことだ。単なる写生画とは根本的に違っている。
 非現実な構図の中にリアリティーのある動植物が描かれているので、より一層幻想的なイメージが強くなっている。
 また、リアリティーを持って我々に迫ってくる動植物でさえも、実物を見ないで描いたものもあるようだ。
 自分がリアリズムと錯覚していただけで、実は伊藤若冲の心の世界を見せられていたわけである。

 本書においては、絵そのものを紹介するとともに、絵から動植物だけを抜き出してアップにしたものも何点か掲載しているので、今述べたような点を強く意識することができる。

 Ｂ５版程度の大きさなので、通勤時にも眺められるかと思っていたが、混雑していてなかなか難しい。そこで、作品集の中から特に気に入った部分をスキャンして、携帯の待ち受け画面に使用している。ちなみに最も気に入っているのは、「老松鸚鵡図」のオウムちゃんのアップである。


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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/04/4808707934.html">
<title>もっと知りたい伊藤若冲―生涯と作品 (ABCアート・ビギナーズ・コレクション)</title>
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<description>伊藤若冲の絵画が近年富みに注目を浴びています。従来の日本絵画史の観点から見れば異端に属する画風ですが、現代的な視点からその画風を評価すれば、同じく異端であったヒエロニムス・ボスにもつながる天才イラス...</description>
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伊藤若冲の絵画が近年富みに注目を浴びています。従来の日本絵画史の観点から見れば異端に属する画風ですが、現代的な視点からその画風を評価すれば、同じく異端であったヒエロニムス・ボスにもつながる天才イラストレーターの先駆のようでもあります。

本書は、そんな京の絵師若冲の画業を余す所なく紹介したものです。学部や大学院時代から若冲に傾倒し、研究してきた佐藤康宏東京大学教授の解説が掲載してあり、若冲の全体像を見渡せる書籍です。８０頁の分量ながら代表作「動植綵絵」を掲載したハンディな図録のような体裁も取られています。奇想の画家としてもてはやされる若冲の素晴らしさの一端に触れてもらうのに最適な1冊と言えましょう。

その画風は一見して明画のようですし、狩野派の画法を捨てて、濃彩の花鳥画を題材にした宋元画の模写に励んだと言われていますので、戦前の日本画壇や美術史家から冷遇されてきたのは理解できますが、これだけの特異性は世界史的に見てもあまり類をみない画風ですね。

相国寺に寄進した30幅の「動植綵絵」の極彩色の細画には脅かされます。華麗な色彩を駆使しており、写実的でありながら非現実的なモティーフがまた異端の画家の本領発揮と言えるでしょう。
その他、雪中雄鶏図、糸瓜群虫図、鹿苑寺大書院障壁画、樹花鳥獣図屏風、重要文化財の仙人掌群鶏図、菜虫譜、鶏頭蟷螂図など、飽かず眺める作品群の素晴らしさにただただ感嘆の声しか出ませんでした。10年位前だったか、朝起きた時（まだボーっとしてる状態）に、テレビをつけると、鳥の絵がババーン！っと映り、「江戸時代・・・」とナレーションが聞こえてきた。その時、少し寝ぼけていたので、誰が書いたとかそういう肝心なことが分からず時は過ぎ、最近、ブームとかで、ようやくこれが江戸時代の画家「伊藤若冲」だと分かった。分かったとなれば、さっそく購入。若冲についていろいろ本があったが、この本は値段も手ごろで、若冲の初期の作品から晩年の作品まで実にうまく焦点を当てて紹介してくれています。これで1600円は安すぎる！！すばらしい！！
やはり、若冲というと鳥の絵なのだが、本の表紙の鳥が魅了される。先ほどのテレビの話しだが、「神の前に若冲なし、神の後に若冲なし」と若冲自らが言ってたということを解説していたような記憶がある。確かにこの葉は若冲には許されるだろう。手塚治虫が「自分を超える漫画家はいない・・・」と言っているのと同じようなものだ。若冲に興味を持った人は絶対持っていたほうがいい本だ。
この本にはプライスさん所有の升目描き作品をめぐって、真贋を論じた部分が出てきます。プライスさん所有の升目描き作品は模倣作である、というのが佐藤さんの主張のようです。ただし、佐藤さんは真贋を純粋に論じているのであって、プライスさんご本人を貶める意図があって書いているわけではないように思います。プライスさんは若冲の評価が低い頃から熱心に収集し、コレクションを自費で日本に送って公開したり、展覧会図録を大量に買い上げたりと、さまざまな貢献をしてくださったと聞いています。自国の美術品が海外に流出するのはさみしい話ではありますが、貴重な美術品を流出させてしまった、日本人自身の貧しい審美眼を恥じることも大切ではないでしょうか。かねがね「コレクター」なるものの胡散臭さには辟易していましたが、実はそれ以上に、コレクターを持ち上げる美術界の人たちに疑問を感じておりました。佐藤氏の見識は、その点についての疑義を浮き彫りにしており、これこそが美術批評というものの本義であろうと感服しております。
日本美術のコレクションではボストンをはじめ、アメリカの美術館は際立ったものがありますが、そのほとんどは近世から現代にかけての「個人コレクター」によるものです。プライス・コレクションも、もちろん同類です。
彼らに言いたい。「ノブレス・オブリージュ」の精神を学べ、と。
アメリカという国の文化がいかに貧相で浅薄なものであるか、自覚しているからこそ金にあかせた美術館を（劣等感かも？）つくるのか？

ジョウ・プライス氏は、ぜひその有り余る資金を日本の誰かに提供して、日本に心遠館を造るべきであったと思います。若冲を日本に返してほしいと切実に思います。たまに見せびらかすだけというのは勘弁して欲しいものです。

かつて、ヨーロッパの貴族や富豪たちは、資力にものを言わせて世界の美術品をおのれのものにするだけではなく、その資金で文化育成の支援をしたものです。
いまやそういう「パトロン」はほとんどいなくなり、「コレクター（もしかすると投資家）」ばかりになってしまいました。

コレクターというものがいかに利己的なものか、私たちは彼らの資金に目がくらむことなく、公正に評価すべきであろうと思います。
その点、佐藤氏の冷静な視線は、出展のエサに惑わされることのないものできわめて貴重なものと思います。
ぜひ、本書を読み、著者のコメントから本質を読み取っていただきたい。先日、東京国立博物館での「若冲と江戸絵画展」に
行ってきました。一番の驚きは鳥獣花木図屏風。
あらゆる動物が、極彩色でもって、
銭湯のタイルのようなドットで描かれている。
しかも象は正面から描かれている。
なんだこれは！？

江戸時代に描かれたファミコン画だ。

この技法は
枡目描きといって若冲の得意の技法の
らしいのですが、

実は今回の鳥獣花木図屏風
若冲のものではなく、模倣作らしいことを
本書で知りました。
元になった樹花鳥獣図屏風は静岡県立美術館にあるそうですが、
どっちにしても、若冲はすごいなーと
思った次第です。

若冲を手元においておきたいと思ったので、
ミュージアムにあったいくつかの若冲の本を比べましたが、
絵も多く、若冲の生い立ちについてもわかりやすくまとめてある
本書が一番のおすすめです。
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/05/480870840X.html">
<title>もっと知りたい歌川国芳―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)</title>
<link>http://13art-magazine.book-article.com/detail/05/480870840X.html</link>
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<description>数多くの浮世絵を見てきましたが、歌川国芳ほど奇想とも言える浮世絵師は知りません。現代のポップアートもしくは漫画に続くような系譜の創始とも言えるでしょう。北斎や広重と活躍した時代が重なりますが、そのよ...</description>
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数多くの浮世絵を見てきましたが、歌川国芳ほど奇想とも言える浮世絵師は知りません。現代のポップアートもしくは漫画に続くような系譜の創始とも言えるでしょう。北斎や広重と活躍した時代が重なりますが、そのような偉大な2人とはまた違った画風の浮世絵を数多く残しながら後塵をはいし、近年再評価され人気が高まった絵師です。

本書は、そんな歌川国芳の代表作「水滸伝」を始め、多くの作品をカラーで紹介しています。サイズもA4版ですから、じっくりと鑑賞できる大きさです。
ちなみに章だてと項目は、はじめに(私の親分・国芳師匠)、第1章生い立ちより豊国入門まで(「採芳舎」落款の頃、初期の話題作)、第2章画壇への登場(出世作「水滸伝シリーズ」、江戸っ子への共感、風景画もまた魅力)〈特集〉西洋画への憧れと試み、第３章これぞ国芳、これも国芳(絶頂期の武者絵、名デザイナー国芳、〈特集〉国芳作品と怪奇性、子どもたちの情景、〈特集〉お気に入りの金太郎、捨てたもんじゃない国芳美人、日蓮の一代記、〈特集〉国芳肉筆画の妙味、動物見立て、〈特集〉猫好き国芳、風刺画も国芳流、〈特集〉国芳の戯画、第4章国芳の新機軸―パノラマ大画面(大波のオーケストラ、庶民に流行した神様たち、江戸の元気な女たち、ユニークな役者絵、顔を見せたがらない国芳師匠、〈特集〉国芳と交流のあった画家たち)、終章病に倒れても(残照今も続く国芳の系譜)、付録 国芳の版本類、歌川国芳作品を所蔵する主な施設、本書掲載の作品索引、以上です。

難しい理屈はともかくとして、まず国芳の作品を眺めて素直に驚いてください。その奇抜さは時代を超える才能の発露であるのを確認していただきたいと思います。芸術の評価というのは、時代の反映でもあります。現代が国芳を欲しているのでしょうから。
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/06/4096070017.html">
<title>広重と歩こう東海道五十三次 (アートセレクション)</title>
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<description>丸子宿の丁子屋にて東海道五十三次の絵を見ていたら、何気なく見ていた絵がすばらしく、何か良い本はないかと思っていたら、丁子屋においてあった。その場は買わなかったが、家に帰りいてもたってもいられず、アマ...</description>
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丸子宿の丁子屋にて東海道五十三次の絵を見ていたら、何気なく見ていた絵がすばらしく、何か良い本はないかと思っていたら、丁子屋においてあった。その場は買わなかったが、家に帰りいてもたってもいられず、アマゾンで購入しました。やはりいいですね。先々月までは東海道のことは、あまり興味が無くて先月からＮＨＫでこの番組が放映
されてから東海道の良さがわかってきました。
手元に東海道に関した資料が無く検索した結果、自分に合った本がこの本でした‥。
宿ごとの絵についての説明や解釈が書かれており、いい勉強材料になりました。
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/07/4334783562.html">
<title>日本の伝統 (知恵の森文庫)</title>
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<description> 「今日の芸術」に続く岡本太郎著第二弾「日本の伝統」。本書のほぼ半分が「中世の庭―矛盾の技術」について語られており、大いに興味を持って読み進めることができた。

 一貫して、形式としてではなく創造と...</description>
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 「今日の芸術」に続く岡本太郎著第二弾「日本の伝統」。本書のほぼ半分が「中世の庭―矛盾の技術」について語られており、大いに興味を持って読み進めることができた。

 一貫して、形式としてではなく創造としての伝統について主張し、縄文土器、光琳の魅力について触れつつ、本題では中世の庭の魅力を語りつくす。

 まずは縄文土器の原始のたくましさ、ゆたかさを「四次元との対話」と称し、光琳芸術の本質を「非常の場」と指摘、それらを高く評価する。そしていよいよ話題は「中世の庭」へ。特に庭に注目する理由を著者は以下のように説明する。

 庭園はそれ自体が造型される空間です。建造物であり、彫刻であり、また音響の遊びもあります。眺めると同時に触れるものであり、静止していると同時にきわめて動的な相貌をもおびる。自然であり、また反自然でもあるのです。さらに、その中にあらゆる芸術を総合して取り入れることができます。絵を置き、彫刻をあしらう。歌い、舞う、可能的な芸術空間です。（引用）

 そして、具体的な事例を挙げつつ、独自の感性に基づき庭論を展開する。中でも特に賞賛の対象になっている例として、銀閣寺の銀沙灘、当麻寺の中の坊、大徳寺の方丈、竜安寺の石庭などが挙げられ、芸術家らしく直観的に分析している。

 芸術は根源的な矛盾を秘めています。その緊張した統合のうえに、強烈な表情をかがやかせるのです。矛盾した要素の対立は芸術の本質であり、根本要素です。（引用）

 さらに議論は借景式庭園の魅力へ。まずは借景式庭園に対する本人の言葉を引用する。

 庭と遠景とのあいだに一つの断絶的な空間をおいた、しかもそれを乗りこえて有機的に対応し、構成されている（引用）

 自然と反自然的要素とを対立のまま結合する技術。虚と実の対比、いわば無を媒介とし、断絶を前提とした高次な緊張。（引用）

 借景式は、身近にある庭と遠景とのあいだが、断絶しているのが条件であり、二つの異質の空間の間におかれた、空の部分が重要であると強調。そして、「空によって媒介された虚と実」にその本質を見ている。

 彼我（借景と石組）が無性格であり、ともにそれだけでは見たえがない。だが中景の空の媒介によって、双方が本質的に対決し、渾然と新しい次元に統一されるとき、はじめて驚異的な性格・風貌が打ち出されるのです。（引用）

 最後に、奈良と京都の庭園を比較。第一印象として、奈良を雄大で荘厳、強さ、重さという言葉で肯定的に捉える一方、京都に対してはちんまりとくすんだ形式、趣味的な繊弱さなど否定的なイメージを抱く。とはいうものの、最終的にはむしろ京都文化の方に興味を抱くようになったとのこと。

 異質なものの衝突にこそ芸術の本質を見出そうとする姿勢は、反骨精神の塊である著者らしく、また知識に頼らない分析は、新鮮で非常に興味深いが、常に穏やかであることを否定し、勢いや迫力を追い求めようとするその姿勢はかなり偏っていることを踏まえる必要がある。
今読んでも、何度読んでも新鮮な本。 

岡本太郎は、「今を生きている」というか、 
「今も生きている」と思っちゃう！ 

感じるままに生きていきたい！！ 
ニュートラルな自分でありたい！！怒りの書だ。従来の「日本の伝統」についての観念をたたき壊そうと真っ正面から果敢に挑む。
古くて美しいものが無条件に珍重される現状を嘆き、伝統とは現代の自分を作るものでないと意味がないという信念がこの本を書かせている。
そして昭和３０年に書かれたというのに色褪せていない。

前半の縄文土器論の鮮やかさに比べ、後半の庭論は少々読み進めにくい。
それは読者が題材となっている庭を容易に想像できないからだろう。
巻末の岡本敏子氏の解説でも「庭論は不発のままの爆弾」と言い当てている。

芸術論としてだけでなく、安易に「日本人論」や「日本人としての誇り」が語られがちな今こそ読み直す価値のある本。 伝統を徹底的に見返す―。それがこの著書「日本の伝統」の目的であると岡本太郎は言う。
 
 古いものをカサにきて現実を侮辱する事を、岡本太郎は非伝統的であり、人間として卑怯なのだという。
 
 そういう気分に対する憤りが、岡本太郎にはあった。
 
 岡本太郎は、法隆寺の失火による壁画焼失のことについて、「法隆寺は焼けてけっこう」だと言う。そして岡本太郎は、「自分が法隆寺になればよい」と言う。
 
 焼けてしまったのなら嘆いてもしょうがない。それよりも、法隆寺よりもっとすぐれたものを作ろうという気迫が大事である。そしてそれを、現代人が穴埋めすればよいのだ―。
 
 私自身、伝統文化というのは基本的に守っていくべきものだと思っている。だが、こうした岡本太郎の指摘は貴重であり、示唆的なのだと思う。
 
 私なりに解釈してみると、「伝統の存続」は必ずしも、「精神の存続」とはならないというわけだ。本来大事なのは後者であるという事だと思う。
 
 そして岡本太郎自身が「法隆寺はやけてけっこう」の心境に至った理由は、端的に言って、いい気な伝統主義者を嫌った、と察せられる。

“過去は現在が噛み砕き、のりこえて、われわれの現実をさらに緊張させ輝かすための契機であるにすぎません。現在が未来に飛躍するための口実なのす。つまり、かんじんなのはわれわれの側なので、見られる遺物ではない（60頁）”
 
 本書は、私にとって大いに示唆的だった。こうした伝統の見方があるのだと、そう思わせられた。
 
 伝統とは何か。その事に、視点を提供してくれる本なのだと思う。岡本太郎と言えば、１９７０年に開催された大阪万博の象徴とでも言うべき太陽の塔の製作者であり、その塔は大阪人にとっては今なおなじみのあるモニュメントである。大阪万博では、アメリカ館及びソ連館に人気が集中した。その当時は、アメリカ対ソ連の宇宙探索競争のまっただ中であり、それぞれ月への有人飛行を成功させ、展示物も「月の石」など月への探索に関連したものであった。その様な人類の大きな飛躍を象徴する国際博覧会を飾るモニュメントの製作者が日本の今日を代表する近代芸術家である岡本太郎であったというのは理に適ったことであった。岡本太郎は当時テレビのコマーシャルにも出演しており、パワフルなパフォーマンスで「芸術は爆発だ！」と叫び、日本中の国民を圧倒していたのである。それが強烈な印象として今でも私の脳裏に焼きついている。パリで芸術を学んだ、モダン・アートの先駆者である岡本太郎と私の中では認識していた。が、書店で、日本の伝統★岡本太郎という本を眼にして、おやっと思った。なぜならば、私のイメージの中では岡本太郎＝日本の伝統という公式が理解できなかったからである。しかしながら、実際に本書を読んでみると、彼なりの観点から、縄文式土器、尾形光琳の絵、京都にある寺の持つ中世の庭に関する考察が展開されていた。とても興味深いものであり、大阪生まれで結構奈良、京都の寺社仏閣を探索していた私は、新たな寺社仏閣を見たような気分になった。特に思いもよらなかったのは、縄文時代の土器には激しい表現が見受けられるという見解で、メキシコのピラミッドとの比較では、昨年の夏実際にいくつかのピラミッドを見てきただけに、「なるほど！」と思わずうなってしまったしだいである。その激しさは岡本太郎とも通じるものがあったので、ちょっとほほえましかった。本当に岡本太郎と言う人は人を吃驚させる人なのだ！！
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<title>光琳デザイン</title>
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<description>尾形光琳の残した芸術の素晴らしさはあらゆるところで論じられ、評価が定まっています。そんな偉大な光琳による工芸意匠のジャンルで先駆的な功績を残した業績を図版でたどることができる書籍です。

江戸時代も...</description>
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尾形光琳の残した芸術の素晴らしさはあらゆるところで論じられ、評価が定まっています。そんな偉大な光琳による工芸意匠のジャンルで先駆的な功績を残した業績を図版でたどることができる書籍です。

江戸時代も高い評価を受けた光琳ですが、明治以降、外国の美術愛好家は光琳のデザイン性に早くから着目し、いわば逆輸入の形で評価が高まっていきました。それは戦後の芸術界でも同様で、新しいデザイン制作現場で光琳の斬新性と時代を超えた意匠の奇抜さに関心が集まり、より高い評価へとつながったように感じています。

本書では、そんな光琳の素晴らしさを多くの写真図版と解説で解き明かそうとしました。
図版も多く、「紅白梅図屏風の科学調査」での「金箔」に関する指摘と検証は美術史において、重大な発見だと思いました。また、光琳の研究で博士号を取得された玉蟲敏子武蔵野美術大学教授の「光琳の絵の位相―燕子花のモティーフをめぐって」は斬新な視点から、光琳芸術の真髄を比較して検証した論考だと思います。少し難解ですが、琳派研究者の視点の鋭さを学びました。

個人的には、乾山も好きですし、浪費家で放蕩の兄・光琳に対して、堅実な弟・乾山というイメージがありますので、そこでの兄弟の芸術に対する肌合いの違いは性格の違いから派生したものだと感じています。前半の多くの図版を眺めながらそんなことを考えていました。光琳研究に必要な書籍であることは間違いありません。つい最近ちょっとしたブームになった（らしい）琳派。その琳派について尾形光琳はもちろん、
乾山や酒井抱一などの作品を多彩な視点からマニアックかつ柔軟な考察でまとめあげた
カラー写真もたっぷりのゴージャス本。
特にカバーにも一部使われているの謎に最新のテクノロジー機器を使って
科学的に迫るあたりは圧巻。が見た目は金屏風、金箔を使用しているように
見えても実は金箔ではなく、その様に「デザイン」されたものだったら？
この本を読むと現代人が自然に誤解してしまうような堅苦しい伝統芸術というイメージを
完全に払拭してくれます。
尾形光琳ってなによりもまずセンスの人、デザイナーに近い人物ということが理解できます。
粋な発想やユーモアは現代のポップアートやポストモダンに非常に近いかもしれません。
これ一冊で琳派のことがかなり理解出来ますし、カラー写真も豊富、読み応え充分で・・・
この価格！？・・・安いっ！！
琳派ファン、もしくは琳派のことが知りたい方は購入して損は無いと思いますよ？
それにしても理屈はともかく、って素敵ですよね・・・うっとり☆
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/09/4094036717.html">
<title>芸術は爆発だ!―岡本太郎痛快語録 (小学館文庫)</title>
<link>http://13art-magazine.book-article.com/detail/09/4094036717.html</link>
<dc:date>2009-01-06T17:52:27+09:00</dc:date>
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<description>激しいようでいて、実はごく当たり前で、 
まっすぐ、まともなことを言っている岡本太郎。 

そう気付かせてくれるのが敏子さんの解説。 

人間、自分、芸術、男、女、愛…。 

全て「そうありたい」「...</description>
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激しいようでいて、実はごく当たり前で、 
まっすぐ、まともなことを言っている岡本太郎。 

そう気付かせてくれるのが敏子さんの解説。 

人間、自分、芸術、男、女、愛…。 

全て「そうありたい」「そうあろう」と心に誓う言葉ばかり。 

何度も何度も読む。 
お風呂で読む、ベッドの中で読む、仕事中にも読む。 

マリア様の心を持った峰不二子になりたいと思っていたが、 
最近、敏子さんの心を持った峰不二子になりたい。軽妙で、ユーモアたっぷりな気で、足取り軽く後ろを振り返っている太郎さんの写真。岡本太郎自身が一番の芸術作品だったんだって、この写真を見てよく分かりました。本の中盤までは、『自分の中に毒を持て』などと内容でかぶる部分が多々あり、それほど興味をひかれませんでしたが、中盤以降は、岡本敏子さんの筆致が活きてぐいぐい読ませます。途中、太郎さんの書である『性』の文字が入っていますが、これほど躍動的で絵心に溢れた字を初めて見ました。とてつもないオリジナリティー。世界に誇る芸術家なのだとつくづく思いました。一人の人間の生き方を見て、これほど感動したことはありません。マイナスをプラスに変えるパワー、そして何事にも挑んでいく姿勢。本当に、岡本太郎氏を大好きになりました。お葬式のくだりでは、悲しくて、涙がこぼれました。こうして本で会えるし作品も残されているけれど、ご本人に一度でもいいからお会いしたかった。どうして生前に岡本太郎氏の偉大さに気づけなかったのか……悔やまれます。個人的にかなり挫折感を味わっていたときに読んで、元気をもらいました。厳しくて、優しくて、温かい。岡本太郎最高！！ã?"ã?®æ?¬ã?'èª?ã??æ°-ã??ã?ªã?£ã??ã?®ã?¯ã??å¤§é?ªã?®ä¸?å??å...¬å?'ã??ã??ã??ã??å¤ªé??ã?®å¡"ã??ã?'è¦?ã?¦æ??å??ã?-ã??ã?®ã??ã??ã?£ã??ã?'ã?§ã??ã??å?¡æ?¬å¤ªé??ã?¨ã??ã??äººã??ã?©ã?"ã?ªäººã??ã?£ã??ã?®ã??ï??ã??ã??ã?'ç??ã??ã??ã??ã??ã??ã?£ã?¨ã??ã?"ã??äººã??é??ã??ã?ªã??ï??ã?¨ã??ã??ã?®ã??ã??ã??ã?ªã??ã?'ã?§ã?ªã??æ??è??å??ã??ã??å?ªã??ã??äººã?§ã?¯ã?ªã??ã??ï??ã?¨æ??å??ã?-ã?¦ã??ã??ã?-ã??ã??å®?é??ã??ã??ã??ä??ä¸?ã?§ã?-ã??ã??æ?°ã?...ã?®å??è¨?ã?¨å...±ã??è'-è?...ã?®æ?...æ??ã??ã?"ã??ã??ã??ã?¦ã??ã?¦ã??ã??ã?®è¨?è'?ã?®è??æ?¯ã?ªã?©ã??ç??ã??ã?"ã?¨ã??ã?§ã??æ??å??ç??ã?§é?¢ç??ã??ä??å"?ã?§ã?-ã??ã??æ'?ã??ã??ç"?ã?®å?¡æ?¬å¤ªé??ã??ã?"ã?®è¨?è'?ã??å±?ã??ã??ã??ã?§ã?"ã?"ã?ªã??ã??ã??ã??ã??ã??ã??ã?¨æ??ã??ã??ã??ã??ã?-ã??ã??ã?§ã??ã??ã?¿ã?¤ã??ã??ã?®ã??ã??ã??ã??ç?®ã??ã??é±-ã?§ã?-ã??ã??ã?ªã?"ã?¦å?¡æ?¬å¤ªé??ã??ã?"ã??è¨?ã?£ã??ã??ã??æ?...ã??ã?-ã??ï??ã?¨è¨?ã??ã??ã??ã??ã?§ã??ã??ã?¨ã??ã??èª¤è§£ã??ã??ã??ã?¡ã?ªäººã?§ã??ã??ã??å?¡æ?¬å¤ªé??ã??ã?"ã?'ç??ã?£ã?¦æ¬?ã?-ã??ã?¨ã??ã??ã??ã?'ã?§ã?¯ã?ªã?!?ã?¦ã??ä??ã??ç"?ã??ã?¦ã??ã??ã?®ã??å?°é?£ã?ªæ??ä?£ã??ã??ã??ã?"ã??ã??å¤?ã??ã?®æ-?ã??èª?ã?"ã?§è?°ã??ã??ã??ã?¨é¡?ã?£ã?¦ã??ã?¿ã??ã??ã?"ã??人間はある衝動にかられて生きている。それは自分に足りないものを求めてようとしていたり、人間が人間としての全体性を獲得しようとする心の動きから（魂の声によって）行動しているということで、この本ではそのことを自分の人生をかけて語っていた岡本太郎氏のことがよく分かるように描かれている。それは行動を共にして太郎氏の求めるまさに「何か」となっていた、秘書で編者の岡本敏子氏にしかできないことであろう。地位や役割、性別といったものではなく、大事なものが何であるかを語る太郎氏の声がまさに聞こえてきそうな本である。
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/10/4861521432.html">
<title>動物奇想天外-江戸の動物百態〔大江戸カルチャーブックス〕 (大江戸カルチャーブックス)</title>
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<description>理屈抜きに江戸絵画に登場した動物の百態を楽しめるような企画になっています。江戸時代に描かれた動物の愛らしさは、時代を超えて現代に伝わってきます。多分それは洋の東西を問わず、見る者を魅了するものでしょ...</description>
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理屈抜きに江戸絵画に登場した動物の百態を楽しめるような企画になっています。江戸時代に描かれた動物の愛らしさは、時代を超えて現代に伝わってきます。多分それは洋の東西を問わず、見る者を魅了するものでしょうし、何かしら我々に語りかけているようでした。んな可愛い動物の様々な形態を描写した作品の集大成のようなムックです。

筆者の内山淳一氏は、東北大学大学院文学研究科修士課程修了した方で、仙台市博物館学芸員を経て、現在は仙台市教育委員会生涯学習課主査に就いています。しっかりとした近世絵画史の学識に裏付けられた解説ですので、安心して読み進めることができました。

伊藤若冲、円山応挙、葛飾北斎、歌川広重、長沢芦雪、喜多川歌麿、歌川国芳、司馬江漢、狩野探幽、など江戸時代を代表する絵師の代表的な作品が取り上げられていますので、オリジナルの作品の持つ意味合いを考えながら動物の百態を眺めていました。特に、伊藤若冲の有名なマス目書きによる「樹花鳥獣図屏風」のユニークさは、現代の感覚や西洋画の技法と比較しても斬新ですし、個性的です。同じく若冲の「百犬図」の可愛らしさは特筆すべきもので、現代のペットのイラストに通じる感覚で描かれていました。現代の図案鑑賞の感覚で眺めてみても遜色はない出来栄えですし、時代を超えてその魅力がダイレクトに伝わってきます。

章だては、動物大集合涅槃図と十二支・群獣図、動物画のいろいろ実写とその意味、江戸のペット事情昔も人気は犬と猫、ふしぎな動物たち珍獣から人魚まで、動物をきわめるこれがホンモノだ！、象が来た、龍が出た、人魚を見た！江戸の不思議発見物語となっています。「動物奇想天外」というタイトル通りの珍しい図案を描いた作品ばかりでしたね。
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/11/4101346216.html">
<title>青春ピカソ (新潮文庫)</title>
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<description>前半はピカソ作品に対する彼なりの解釈で、後半がピカソとピカソしたときのエピソード。そとの面会シーンが実にスリリングです。後半から読んでも良いと思います。生のピカソに対する彼の驚きが実に表現豊かに綴ら...</description>
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前半はピカソ作品に対する彼なりの解釈で、後半がピカソとピカソしたときのエピソード。そとの面会シーンが実にスリリングです。後半から読んでも良いと思います。生のピカソに対する彼の驚きが実に表現豊かに綴られています。岡本太郎がパブロ・ピカソを唯一尊敬する20世紀の芸術家と考える根拠が書かれている。

岡本によれば、芸術家とは、「もの」をより直接的に再構築(創造)するひとであり、「20世紀の」という形容詞句を冠することができるのは、19世紀のセザンヌのそれ以前の絵画芸術に対する否定に則りながら、そのセザンヌ自体も否定して、弁証法によって、20世紀ならではの回答を提出したからである、という。

上記をピカソ自身の語録から傍証するが、僕は説得力があると思いました。

また、岡本がほかの本で書いている伝統論や芸術論と照らし合わせると、岡本自身がいかにピカソに影響を受けているかがわかります。岡本太郎の目と心を通してピカソのなんたるかを私なりにつかむことができた。ピカソへの挑戦的な賞賛と若き芸術家への鼓舞に満ちたこの書において、ピカソの自身を次々に乗り越えてきた革新の精神に心を動かされるよりも、太郎氏の肉体的な精神、生々しい奔放な思考・筆致に強く心動かされた。解説者が論じているように、この書は『青春ピカソ』であると同時に『青春タロー』であるということ。ピカソと題されていながらも、太郎氏の精神がページを繰る私の手よりも熱くページの中で波打っているように感じた。芸術家の完成を追うのではなくその過程、未熟さを探求すべきだという件にははっとする人が多いのではないかと思う。書名からピカソの青春の苦労話を想像するとすれば、肩透かしを食らう。もちろん青春の苦悩への言及はあるが、それに留まらず、岡本の考えるピカソの魅力の本質をこれでもかと言う程抉り出している。そして岡本のピカソ論が、抽象芸術やキュビスムに対する入門書にもなっている点が本書を更に魅力的にしている。僕は芸術を学んだことは皆無に等しく、ピカソのような抽象的な絵に惹かれつつもほとんど理解出来ないでいたが、本書を読んで先が見えてきた気がしている。そういう芸術の魅力を理解出来た気になっている。初版は昭和28年なのに、読みやすくもあり、ほんとうに「読んでよかった」と思える本だった。 「作品は形骸である。学ぶべきものは結果ではなく、それに至り、それを超える道程なのだ。つまり作品ではなく、芸術家のドラマが真に問題となるのである。」（本書９８頁） 本書はピカソの解説書などではない。岡本という一個の精神が、ピカソを通して彼自身の中に見て取った渾沌の記録である。 我々は、ピカソを、岡本を、「天才」などという慇懃無礼なカテゴリーに括ってしまい、彼らの葛藤から目を背けてはいないか？ ほかならぬ我々一人一人が、自身の生身の感性を積極的に打ち出さんとする何かが心中にうごめくのを感ずるのでなければ、実は彼らから何のメッセージも受け止めなかったに等しい。 「拝跪・礼賛は、知るや知らずや態のいい敬遠である。自動的な祀り上げによって、それとの峻烈な対決を回避し、消極的に己れの卑俗な世界を守るのである。神棚に鎮座した形而上学的存在はまた下界を毫も動かし得ない。つまり相互は無縁となり、ともに新しい現実に対してはまったく不毛なのだ。」（本書２１−２２頁） 
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/12/4101346224.html">
<title>美の呪力 (新潮文庫)</title>
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なにかの本で横尾忠則氏が岡本太郎のことを、認めたこっちの見識が疑われるほど美術界から徹底して嫌われていた、あれほど世間から認知されているにもかかわらず美術界から無視されていた人も珍しいと述べていました。確かに美術全集なんかに岡本太郎が収められていることは皆無で、以前それを不思議に思ったこともあります。ただ、大宅壮一の「売れないポスターみたいだ」の発言の通り、絵についてはキャラクター抜きには鑑賞できないものも中にはあるかと思います（僭越ですが）。すこし話がそれるようですが、二子新地のかの子の実家近くにある「誇り」は、近所に住んでいたこともあり、何度も見に通いました。すばらしいモニュメントです。同様に、岡本太郎の著作と写真にはそのキャラクターから独立した作品がいくつもあり、本書は「沖縄文化論」「今日の芸術」と並んで著作の代表と言えると作品だと思います。この本の面白いところは、素朴な古代美術や生贄儀式などのシャーマニズム、あるいは、異様におどろおどろしい美術作品を通し、美を観照すべき人間の本質といった、実に奥深い根源的なものを、岡本太郎の超人的な眼で暴き出そうとするところだ。人類が、なぜこれらのものを必要とし、それにより何を得たかを、岡本太郎の天才的直感と民俗学・哲学の博識をもって激しく迫り、それはもう、人間そのものから宇宙の謎を解き明かそうとするような迫力すら感じる。
「今日の芸術」が限りない慈愛に満ちた芸術の入門書であるなら、こちらは岡本太郎そのものが乗り移った秘法と言って良いと思う。
個人的には、祭りの本質の考察が面白かった。有名な「爆発」の意味を最も一般的に表現できる風習ではあるまいか？そして、それはあらゆる民族に例外なく存在することから、「爆発」は真に人類にとって重要なものであると思う。
美術家に限らず、芸術に本気で取り組む方には強くお薦めしたい。岡本太郎は、1911年生まれ。1930年からパリに住み、哲学・社会学・文化人類学等を専攻。帰国後、争を経験し、創作活動を行った。パリ時代には、バタイユと親交があった。戦後の活動は周知の通りである。本書の執筆は大阪万博(1970年)の太陽の塔の創作と同時進行で行われた。これは、彼の芸術論である。彼は、語る。｢今日、芸術自体が壁にぶつかってしまっている。人間生活に芸術がほとんどなんの力も持っていないことは誰でも感じているだろう。(中略)芸術こそ、社会の部品である空虚感を脱し、時空を超えて人間再発見をしなければならない役割にあるのに｣ 彼は、石・血・怒り・仮面・火・夜・宇宙や、それらをテーマとした文字通り古今東西の作品に『美の呪力』を嗅ぎ取り、クールな文体で論じていく。近代成熟期における芸術の方向性を考える上でも極めて今日性のある本ではないだろうか。岡本太郎のいう「美」は、単に原色のハーモニーや、精密さや、非現実的さ、不思議さ、といった表層的な物ではなく、言い切ってしまえば「美しくある」必要すらないそうである。彼に言わせると表現すべくは、過剰な生命力のようなもので、それを線や色を媒介に叩きつければいいそうなのだ。彼はそういう行為を「爆発」と表現する。それは火薬が爆発するような稚拙な爆発ではなく、彼にとってそれは、火山の噴火のような、初夏の入道雲の膨張のような、そして銀河の星々の大爆発のような異様な力学の運行のようなものなのだそうである。

彼の美術感には本来だったら美術が関与しないような物が、平気で入り込んでくる。それは文化人類学だったり、宗教だったり、哲学だったり、戦争だったり。もう芸術は全てを包む春巻きの皮みたいな物なのだ。本書で彼は「ツァラトゥストラ」を語り、カミュを語り、そして原始の神々を語り、曼荼羅を語りと、おいおいおい、これホントは何について語った本なんだよ？ききたくなるほど、自由気ままに例の爆発的エネルギーで話を進めていく。

んがしかし、TVなどに映っている時の岡本太郎よりはずっとインテリな綿密に計画された語り口なのには、ちょっとビックリしてしまう。１つ１つの文のセンテンスもものすごい詩的だし、文法的にも美しいし。なんだやっぱ確信犯だったんだ。超自然、宇宙的、呪術的なものを独自の美意識でとらえ、解説している。このようなものに美を感じるのは凡人にもあり得ることだが、岡本太郎は、読む人の理解度など気にせずに、それが何故なのかをもがきながら考え抜いている。その真剣さに感動する。
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/13/4753802175.html">
<title>若冲画譜 (近代図案コレクション)</title>
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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/14/4334781888.html">
<title>芸術と青春 (知恵の森文庫)</title>
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<dc:date>2009-01-06T17:52:27+09:00</dc:date>
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<description>岡本太郎さんといえば「危険な方に賭けろ！」に象徴されるような完成された生命爆発論（？）が有名ですが、それはあくまでも数々の出来事を経て得た境地なのだなと思わされます。というのは、この本の岡本太郎さん...</description>
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岡本太郎さんといえば「危険な方に賭けろ！」に象徴されるような完成された生命爆発論（？）が有名ですが、それはあくまでも数々の出来事を経て得た境地なのだなと思わされます。というのは、この本の岡本太郎さんはまだ若く、そこまでの強さ、決意は感じられないのです。その代わり、とても初々しくて、へえー岡本太郎にもこんな時期があったんだなと親しみを覚えることができす。太郎さん唯一の小説を読めるのも嬉しいです。でも、「あー太郎さんは文学の道に進まないで正解だったかも？」って思っちゃいました（笑）。独特の世界観は興味深いけれど、読者として入り込みにくい内容でした。とはいえ、若き日のちょっと弱い（？）岡本太郎を知れるので、「ファンなら買い！」の一冊だと思います。「芸術は爆発だ！」の岡本太郎さんの爆発前夜のエッセイ集です。父、岡本一平さん、母、岡本かの子さんの事が詳しく書かれています。どのような親子関係だったのかわかります。芸術一家の独特な精神の営みの奇跡が辿れます。感性の人、岡本太郎さんの人物の成り立ちに迫ります。中でも、「青春の森」は恋愛小説なのですが、青春の葛藤を描いた、名作だと思います。
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<title>広重「東海道五十三次」の秘密―新発見、その元絵は司馬江漢だった (ノン・ブック)</title>
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何年も前のことになりますが、司馬江漢作とする元絵はすべて贋作だったとずいぶん騒がれたことがありました。ネットでもそのサイトがまだ残っている筈です。それなのにこんな本がまだ流通しているとは。それとも私の思い違いだったのか。それにしても、どシロウトがみても江漢作にしてはお粗末すぎる作品だとおもうのだが。１宿場について１ページを割き，司馬江漢の絵と広重の絵を上下に並べて比較しています．オールカラーです．これだけでも価値があります．浮世絵を生み出した時代の出版事情，司馬江漢の足跡・人物像，司馬図と広重図の技法の違い・観察眼の違いなどから司馬図が下絵であると結論しています．読んでみると，確かにそれを信じて疑いません．推理小説を読むような面白さです．司馬江漢，広重 双方の魅力を伝えている本です．決して広重を貶めている本ではありません．読後も広重の五十三次が好きなことに変わりはありません．
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<title>岡本太郎と太陽の塔 (小学館クリエイティブビジュアルブック)</title>
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<title>自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか</title>
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この本とは偶然に出会いました。著者のことは、太陽の塔、「芸術は爆発だ」、メキシコで見つかった大壁画、こぐらいしか知りませんでした。ただの芸術家ではありません。その強烈なエネルギー溢れる文章に、すぐに引き込まれました。彼の言う、常にリスクに挑み、成功しようが失敗しようがそれによって成長し、生き生きとしている人間像に熱くなりました。「芸術は爆発だ」の指す芸術とは何か、この本でわかります。自分も爆発してみようと思いました。とてもカッコイイなと思いました。

本の内容は岡本太郎さん自身の生き方考え方がびっしり書かれていました。
「あえて安全な道でははなく不安な方やマイナス方にいくべき」
誰でも楽な方、安全な方に進みたくなる。
だが、あえて逆の方に進んできたから、これだけ
かっこよくて濃い内容の本を書ける様になったのだろう。

人生、安全・安定した日々を過ごす事が充実した人生ではない。
まったたく逆の人生の先に充実した人生がある。
私には真似できないが、その様な生き方をして爆発してみたいです。

このおっさんは、かなりきてます。
発想がぶっ飛んでおります。常識を覆します。
一度死んだ人間になれなど、徹底的に自己と向き合うことを進めております。とりあえず、一回読めば、すっきりすると思います。落ち込んだ時、いっつも道に迷って決断できない不甲斐ない自分だが変えたいし。やっぱ。そう思うのなら今変えないと行けない事を言っている。この本は。何年後にはこうなっているだろうと甘い考えは叶わない事も教えてくれる。ただの人間岡本太郎が、堂々と包み隠さずなんでも言う姿、清々しくカッコいい。芸術は爆発だなんて、突飛な事を言うて世間ではコメディアンだと思っていた人もいるみたいだが。自分の頭の宇宙に選択権があるとしてそこで新たなる自分の中で新たなるものが見つけたとき、失って見つかった時、道がどばーっと開かれた時宇宙が爆発するのだ。いっつもココにいる俺。他人には絶対なれない。他人の痛みなんてわからない。自分の痛みを人に分けれることなんてできやしない。やるしかないんだ。一歩力強く踏み込む力を…。世界は変わるんだ。元々は糸井重里さんが太郎さんについて取り上げていたこともあったのですが、先日何か魅かれるものがあり、川崎市の岡本太郎美術館に行った際に購入しました。
その際に絵を見たのですが、非常に力強さを感じました。私はシステム開発に携わっているのですが、自分の仕事の成果物と芸術家が作る作品いうのは何か目指す方向性が異なるような気がしました。（成果物の良否はある程度合理的に説明できる）そのような作品を作り出す秘密が書かれていると思います。ただ太郎さんのように「とことんまで危険な道を選び、死に直面して生きる」というのは私には向いていないかもしれません。今の時点ではわかりません。メッセージを誤解しているかもわかりませんが。そういう意味で星３つとさせて頂きました。よく言われる人生の成功や勝利というものに対するアンチテーゼではないでしょうか。ありきたりの著作でない事は確かです。


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<item rdf:about="http://13art-magazine.book-article.com/detail/18/4948735590.html">
<title>司馬江漢『東海道五十三次画帖』―広重「五十三次」には元絵があった</title>
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<title>もっと知りたい尾形光琳―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)</title>
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<title>迷宮の人生</title>
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<description>岡本太郎の「人生、即、迷宮」という哲学。このことは、生命論、人間論、宇宙論とも読める。岡本太郎は、なんとなくの雰囲気で「迷宮」という言葉を使っているわけではない。
カール・ケレーニイの「迷宮と神話」...</description>
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岡本太郎の「人生、即、迷宮」という哲学。このことは、生命論、人間論、宇宙論とも読める。岡本太郎は、なんとなくの雰囲気で「迷宮」という言葉を使っているわけではない。
カール・ケレーニイの「迷宮と神話」や、ジャネット・ボードの「世界の迷路と迷宮」を引用しながら、論文のように、きわめて論理的に、そして情緒や情感に訴えながら「迷宮」という僕らの中にある実感や感覚に迫ってくる。

ケルトの「組紐文」と「縄文」の類似点を引用し、彼の『美の呪力』（新潮社）からも引用しながら、ラビリンス・迷宮の世界を僕らにイメージさせてくれる。そして、迷宮というものを『動と静。相反し対立する渦』、『無条件で人間の夢をひらいた軌跡だから、そこには始まり、終わり、決められた形というものではなく、始まりは終わり、終わりは始まり、無限だ。』・・・・彼の豊穣なイメージ力と表現力で何層にも表現を重ねる。

岡本太郎の世界観・人生観・宇宙観が分かり、とても素晴らい本です。文字も大きくて読みやすい（全127ページ）。だからこそ何度でも読み返してしまう。最後のあとがきに、岡本敏子さんが書いている「迷宮をゆく太郎」という文章も素晴らしいです。

岡本太郎・敏子ファンは必読です。人としての道を突き進もうとするとき、そこに迷宮が現前する。迷宮とは迷路と違って全体像が掴めないどころか目の前すら真っ暗である。そこに一筋の光を見つけては突然真っ暗になり、後ろ前ともわからず全身全霊を込めて迷宮を抜けてゆく。迷宮は人間として生きる人にしか現前しない。また、抜けることも然り。著者を深く知りたい方におすすめします。
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